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早月尾根から劔岳、そして大日三山への一人旅

2010年9月 八田 義一

 五十代最後の年に南アルプスの甲斐駒黒戸尾根を登った。この時、麓からの長大な尾根を登って頂上に達するのはなかなか充実感のある面白いものだと思った。そして1,2年の内により急峻でハードな早月尾根から劔岳への登頂をやってみようと思ったが、それから何やかやとあっていつしか8年の歳月がたってしまった。もうここらで登っておかんと登れんようになる。今夏の猛暑を避け、9月に入ってからしっかりとトレーニングを積んで早月尾根の完登に挑んだ。

◇2010年924日(金)


早月尾根登山口

朝、神戸を発って富山へ向かう。富山から上市へ出、そこからタクシーで馬場島に入った。初めての馬場島には昔写真で見た古い山小屋風ではないきれいな馬場島荘が建っていた。さっそく辺りを散策し、早月尾根の登山口を確認。馬場島荘は風呂も快適、ご飯もおいしい快適な山荘。宿泊客は僕と一人の若者だけだった。



 





◇2010年925日(土)

620分、馬場島荘を出て登山口へ向かう。山々には雲が低く垂れ込めている。登山口にある「劔岳の諭」なる碑文を読み、“では心して行ってまいります”と6時半に登り始めた。標高760mの登山口から今日の宿泊地である早月小屋(2200m)まで1440mの登り。コースタイムは6時間とある。この老躯では7時間くらいかな? しょっぱなからそれなりの急登だがまだほんの序の口だ。40分ほど登ると平坦な道となり、松尾平の展望台に出た。雲が垂れ込めていて何も見えない。標高1000mの標示板がある。ここからは200mごとに標高を示す立派な標示板が出てくる。これは便利だ。地図の等高線の1200,1400,1600・・・と登山ルートが交わる所を見れば現在地がわかるからだ。もっとも今はGPSなる便利な機器があり、これを使えば標高や位置などたちどころにわかるのだろうが、GPSを知らない私のような旧型登山者にはありがたい標高標示板だ。松尾平の平坦な道が終わるといよいよ急登の本番となる。木の根や岩角をつかんで登るような所が随所に出て来る急登だ。一歩一歩ゆっくりと登っていく。幸い調子は良い。はじめは30分歩いて10分休憩のペースだったが、標高標示板が出だしてからは標示板間を1ピッチとして登っていく。1ピッチ40分〜45分である。雲が垂れ込めて暗かった空が8時半ころから少し明るくなってきた。これで雨の心配はなさそうだ。ルート沿いに立山杉の驚くような巨木が出てきてしばし見とれる。こいつの根がルート上にはみ出しているのだ。ほとんど人はおらず、2人に追い越され、降って来た数人に出会っただけだ。ちょうど4時間で2000メートルの標示板に来た。腹も減ってきたので25分の休憩を取って昼飯を食う。追いついてきた中年の男性と話をする。三重県から来たと言う。今日は早月小屋の傍にテントを張り、明日登頂して降りるとのことだ。昼食後30分程行くとフィックスロープを張った岩場が現れ、そこを登りきってしばらく行くと、ヤレうれし、早月小屋が見えてきた。1145分小屋到着。登山口から7ピッチ、5時間15分で1440mを登った。標準コースタイム6時間とあるから67歳のシニアとしてはあっぱれなタイムだ。


早月小屋はこの狭く急峻な尾根上によくこんな広い所があったものだと感心する様な所にある。青空も出て来て雲は多いながら天気は良くなって来た。劔の頂上らしきものがチラッと見えたが、すぐ雲にふさがれてしまった。左手には小窓尾根の峨々たる山稜が連なり、マッチ箱ピークの奇怪な岩峰がひと際目につく。夜、寝る前に外に出てみた。空は快晴となり、黄金色の満月が劔岳の上に煌々と輝いていた。明日は良い天気になりそうだ。







◇2010年926日(日)


 快晴だ。540分、小屋出発。小屋からすぐの2400mピークへの登りが1ピッチ目だがこの登りがきつかった。昨日の疲れと夕べよく眠れなかったこととが相まって無茶苦茶しんどい。こんなので頂上まで行けるんかいなと思ったが、一息入れると2ピッチ目からもち直し、次第に調子が出て来た。今日は30分歩行、10分休憩のペースを忠実に守っていく。
 左手に小窓尾根上部と劔尾根のいかつい岩稜が見える。2600m峰に立つと目の前に劔西面の大岩壁と頂上が展開する。早月尾根は細いやせ尾根となって大岩壁の右側から回り込むようにかろうじて頂上へ続いている感じだ。2800mを過ぎ、しばらく行った所でちょっと空腹を覚えて小休止。ここからは頂上まで休めそうな所はないのでビスケットでエネルギーを補給した。尾根はますます細くなり、神経を張詰め一歩一歩登って行く。やがて獅子頭、カニノハサミの岩場となるがここは鎖を伝って慎重に通過した。あとは頂上までの岩稜帯のみだ。段々へばってきた。ようやく早月尾根と別山尾根の分岐を示す道標まで来た。最後の力を振り絞ってやれやれやっと頂上だ。925分だった。小屋から3時間45分。コースタイム3時間半とあるからシニアとしては上々だ。


劔岳山頂にて


 頂上では昼飯を食べたり写真を撮ったりして小1時間ゆっくりと休憩。青空の下、360度の展望を楽しんだ。24年前の5月に山田、村山の両君と長次郎谷から雪の劔の頂に立って以来だ。今は剣沢の一部を除いてまったく雪はない。ともかくこれで長大急峻な早月尾根を麓から登って劔のてっぺんに立つという念願を達成した。覚悟はしていたが、いやはやこの尾根は67歳の身には大変ハードな登りだったが、登り応えは十分だった。



ほとんど雪の消えた剣沢と立山、室堂方面。

遠くに薬師岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳等の峰々





富山湾上空の軽やかな秋雲



雪の消え去った八つ峰

 
 1020分出発。別山尾根へ降る。カニノヨコバイを下って平蔵のコルに降りた。46年前、このコルから深くえぐられたグリセードのトレースに飛び込んで平蔵谷を降って行ったが、あの時の足のすくむような恐怖感がまだ記憶の底にある。今見る平蔵谷は下の方にわずかに雪渓の残骸をみるだけでガラガラのガラ場となっていた。前劔の門からの岩場を登り降りし、前劔の頂もしっかりと踏んで写真を撮りながらゆっくりと降って行った。次第にくたびれて来たが、頑張って今日の宿泊地の剣御前小屋に3時半過ぎに到着した。



別山尾根より劔岳頂上を仰ぐ。早月尾根からは写真左の獅子頭、
カニノハサミの裏側の基部を登って頂上へ行く


◇2010年927日(月)


 535分剣御前小屋を出発。室堂の喧騒を避けて静かな大日三山への道を辿る。室堂乗越への途中で振返ると立山の山頂がうっすらと白い。立山の初冠雪だ。天気は曇り勝ちだが室堂乗越、奥大日岳と行くうちに晴れてきた。この縦走路からは立山川の向うに登ってきた長大な早月尾根とその先にそそり立つ劔岳がバッチリと見える。こちらから見る劔岳の姿は素晴らしい。2600m峰から頂上までの急峻さが際立つ。あの長い尾根を登って劔のてっぺんまで我ながらよく登ったものだと改めて充実感を覚えた。でももう2度と登ることはあるまい。
 大日小屋に10時半着。小屋の前のベンチで昼飯を食べ、早月尾根と劔の見納めをして大日平へ降る。岩ごろごろの歩きにくい道を下って大日平へ降り立った。誰もいない広々とした草原の中の木道を歩いていくと吹き渡る秋の風が汗ばんだ頬に心地よい。大日平小屋を過ぎ、延々と続く木道を辿り、ようやく牛ノ首の降り口に着いた。そこからの急斜面を降ること1時間半で称名滝のバス停に着いた。34日の単独行の山旅は無事に終った。



長大な早月尾根と劔岳(中大日岳七福園より)



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